医師の時間外勤務を考える

医師の長時間労働が問題に挙げられることがあります。長時間労働が一因で自殺した専攻医の報道もありました。医師の長時間労働、時間外勤務の問題に対して、筆者が思うことを述べてみます。特に、時間外勤務で稼ごうと思っている人は、落とし穴があることに気が付いていない可能性があるため、ぜひ注意して読んでみてください。

旧臨床研修制度での医師給与の大問題点

旧臨床研修制度が施行されていた当時、研修医は労働者とはみなされていなかったそうです。薄給で、残業代は出ないのが当たり前。真の無給労働。生活のために、なけなしの知識と技術でアルバイトに行って稼いでいました。日中は大学病院の勤務があるため、アルバイトは夜間の救急外来。詳しくないことはその場で本を確認しながら診療していたといいます。研修医は長時間労働により体調面のリスクを伴っており、研修に専念できない状況でした。

待遇はひどいものの、医局直属の先輩から直接指導してもらえる。それなら、苦しいけど早く一人前になるために頑張ろう、そうやって先輩方は乗り切ってきました。

新臨床研修制度が制定された後の医師待遇

専門科に偏った研修や不十分な処遇を是正するため、2004年に医師臨床研修制度がスタートしました。この制度に伴い、研修医の労働については各労働法規の適用を受けるとして、給与基準が明文化されたのです。逆に言えば、旧制度では労働法規を無視して働いていたということ。新制度設立によって、研修医は金銭面での不安定さが解消されることになりました。

金銭面は解決された一方、労働基準法で定められた時間外労働については、上限規制が存在したものの、実際は自己申告制のもと長時間労働が黙認されていました。また日本人全体についても長時間労働・過労死の問題が深刻化していたことから、労働基準法の改正の流れとなり、時間外労働時間の上限が新たに定められることになったのです。

2024年4月からは、医師の働き方改革と称して法制度が改正され、原則、時間外勤務は年960時間(=月平均80時間)以内を基本上限とすることが定められました。

「基本給+時間外勤務」の弊害

時間外勤務に対しての給与が設定されると、これを利用して可能な限り給与を多く得ようと考える者が現れます。時間外勤務代が増えて病院側は負担が大きくなる。加えて、時間外勤務時間が長くなりすぎると雇用側は長時間労働・過労死が問題になりやすいため、勤務時間を記録・把握することにする。長時間労働をした医師には面談を行い、原因を解決するように働きかけていく。その結果、医師は長時間労働にギリギリかからない時間まで勤務を調整するようになっていきます。

勤務時間が長いことを気にしながら働いている医師が、高いパフォーマンスを発揮できるとは思えません。ましてや、高生産性を維持しながら長時間労働などできません。こうして、形骸化した勤務時間管理と、医師の生産性の低下が残ることになります。

医師個人で言えば、

  1. 業務量が多すぎて本当に時間が足りない者、
  2. 能力が低すぎて時間内に業務を終えられず長時間労働になる者、
  3. メリハリのなくなった長時間勤務を続け、安易に時間外勤務費を得ようとする者

が出てくるのです。

長時間勤務する医師の問題点

社会的に問題になっている「医師の長時間労働」とは、おそらく①の、業務量が多すぎて必然的に時間外勤務を要する者を指すのでしょう。これは医師数の問題、人口当たりの配置医師数の問題、研修制度の問題などが大きな要因と思われます。医師個人の問題ではなく、ここでは特別に論じることはしません。

筆者が問題提起したいのは、医師個人の問題が大きいと考える、②と③の医師について。

まず、②の能力が低すぎて時間内に業務を終えられず長時間労働になる者について。

医師だけでなく、労働者間で能力の差が出てしまうことは仕方ないこと。問題は、自身の能力が低いことを自覚できていない場合と、能力を上げるための努力(自己研鑽)を怠っている場合です。自分で気づけていないのであれば、上司がそれを諭してやらなければなりません。もちろん、パワハラととらえられないような言い方で。自己研鑽の方法が分からない、やり方が間違っているという場合が多くあるため、シニアレジデントやスタッフなどがチームで勉強会を組んだり間接的に指導したりすることが解決策になるでしょう。

時間の切り売りをしてはいけない

そして、③の時間外勤務費を得るために長時間労働する者について。

給与を可能な限り増やしたいという思いがあるのでしょうが、こういう者は損をしている、というのが筆者の意見です。その理由を、週5日勤務+月3回当直している専門医レベルを例に考えてみます。

勤務時間は、7.75 時間/日 × 5 日間/週 × 4 週/月 + 当直10 時間/回 × 3 回/月 = 155 + 30 =185 時間/月。手取りを40万、50万、60万としてそれぞれ時給計算すると、2,162 円/時、2,702 円/時、3,243 円/時となります。つまり、時間外勤務なしで手取り60 万円/月の給与をもらっている場合、時給3,243 円相当になるということ。

この医師が時間外勤務すると、額面上は4,053 円/時の時間外勤務手当がもらえますが(時間外勤務手当が本給の時給額の125%とされているところが多い)、この所得層は所得税率33%になるため、手取りでは4,053 × 0.67 = 2,716 円/時となります。時間外勤務手当分の時給は本給よりも低くなる、ということ。60万円以外の手取り月収で計算しても、同様の結果になるはずです(所得税率20 %なら同じ時給額、所得税率が23 %以上の所得帯は時間外勤務の時給の方が低くなる)。

時間単位当たりの給与が高いほど効率よく稼げるという視点から考えると、時間外勤務するということは損に当たるのです。この「時給換算して、手取り時給よりも価値の低い行為は可能な限り避ける」という考えは、多くの企業経営者や経営コンサルタントが述べていることです。医師ならば時給1万円程度のアルバイトは珍しくなく、時間外勤務よりもアルバイトの方がよほど効率よく給与を得られます。

またそれ以上に、低い時給の労働は時間を無駄にしているという意識を持つことが重要です。時間は有限。単なる安時給労働のために無為に消費してよいものではないと、考えを改めるべきです。家族との団らん、スポーツ、読書、旅行など、時間をかけるべき対象はもっとたくさんあるのだから、そういった人生を豊かにする行為のために時間を節約するべきなのです。

令和時代の医師の長時間労働は、医師個人の問題点から大きく3つに分けられます。1つ目に挙げた業務量が多すぎることに対しては、行政が介入すべきところで、現在進行形で見直されている点です。筆者が問題視する2つ目と3つ目のうち、3つ目の時間外勤務費を得る目的で長時間労働している医師には、ぜひ新しい視点や価値観をもったり働き方を考え直したりするきっかにしてほしいと思っています。

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